2013年6月10日月曜日

相場の波乱は日本版「ニューノーマル」への道

6月10日、国際金融情報センター理事長で元財務官の加藤隆俊氏は、金融資本市場の乱高下に見舞われている日本は今、いうなればアベノミクス後の「ニューノーマル」すなわち新しい常識・常態を模索している局面にあると指摘
 
(以下引用)
米経済学者のあいだで、「ニューノーマル(新しい普通)」という言葉がひところ流行った。リーマンショック後の世界経済では、従来の常識は通用しないとの見方を示したものだ。金融資本市場の乱高下に見舞われている日本は今、いうなればアベノミクス後の「ニューノーマル」すなわち新しい常識・常態を模索している局面なのだろう。

周知の通り、リーマンショック後の金融緩和の連鎖を受けて、世界は今、カネ余りの状態にある。主要先進国の中銀はこぞってバランスシート拡大に走り、海外からの資本流入に対応することも念頭に新興国の中銀は利下げを繰り返している。

4月に打ち出された黒田日銀の「量的・質的金融緩和」も一歩引いてみれば、その大きな流れの一部ではあるが、新発国債発行額の7割を購入するという緩和規模と日本の経済規模の大きさを考えれば、世界経済・市場へのインパクトは群を抜く。評価が定まるまでには時間が必要であり、株式市場の乱高下もそれゆえにうなずける。

国債市場も同様にアベノミクスや異次元緩和の効果を消化する過程にあり、均衡点をめぐって手探りの局面にある。金融機関の多くは0.3―0.4%近辺を利回りの底だと見なしたのか、とりあえず保有国債を売却し益出しした模様だが、どのタイミングで新発債への投資を積極化していくのか、異次元緩和を前提とした国債投資方針について現在、懸命に検討を重ねている段階だろう。マーケットの買い手が薄くなれば、ボラティリティ(変動率)は当然高まる。長期金利が一時跳ね上がったのも、無理のない話だ。

こうした中、問われているのは、他でもないオペを通じた国債金利の誘導、日本経済の分析、市場の期待への働きかけといった黒田日銀の総合力であり、中でもコミュニケーション能力だ。異次元緩和の主な狙いは、期待インフレ率を上昇させて実質金利を引き下げ、民間投資を誘発することにある。期待インフレ率の上昇に働きかけていく一方で、名目金利の上昇をある程度容認するのか、それとも力で抑えていくのか。この大事な点について、日銀の考えがはっきり示されていないように感じる。

異次元緩和で国債市場の価格形成に対する日銀の影響力は格段に上がっているわけであり、沈黙や不明瞭なメッセージは疑心暗鬼を生む恐れがある。どのタイミングでどの程度のレンジの残存期間の国債を買っていくのか、予定をかなり前広(まえびろ)に設定して、機関投資家との意思疎通を図っていく必要があろう。

<日本経済の一番好ましいシナリオ>

とはいえ、相場の乱高下を横に置けば、アベノミクス(中でも第1の矢である金融緩和)は、ひとまず狙った通りの結果を出していると筆者は前向きに評価している。最近発表された経済指標は、日本経済が着実に回復軌道をたどっていることを示唆するものが多い。1―3月期の実質国内総生産(GDP)は年率換算で4.1%成長し、4―6月期も、鉱工業生産や消費者態度指数など先行指標の改善度合いから見ると、引き続き底堅いものとなりそうだ。

また、4月の全国消費者物価指数(生鮮食品を除く)は前年比0.4%低下したものの、5月の東京都区部消費者物価指数(同)は前年比0.1%上昇した。2年後2%のインフレターゲットはかなりハードルの高い目標だが、物価が上昇に転じるとの期待がじわりと広がりつつあるのは事実だろう。

今後は円安効果も次第に輸出に現れ、恐らく秋口には予定通り消費税率を来年4月に引き上げる方向で政権の決断が下されるのではないか。それを予期して、ある程度の駆け込み需要が今年度中に起こることが、当面の日本経済にとっては一番好ましいシナリオだ。

むろん、中国の経済成長の屈折リスクもあれば、強弱の材料が交錯する米国経済の行方にも注意が必要だ。また、カネ余りの中で、これまでユーロ圏に集中していた投資家の関心のかなりの部分を今や日本が引き受けていることを考えると、国内の株式や債券そして円相場が今後も期待によって上下方向に大きく動くことが予想される。実際、ドル円相場は現在、95―100円台のあいだで激しい値動きを見せている。

ただ、かねて指摘してきたように、異次元緩和によるボラティリティの高まりはある程度予想されていたことだ。国債市場については、日銀の事務方が今後、機関投資家ときちんとコミュニケーションを図っていけば、再度の流動性枯渇などの事態に陥らず健全な相場水準を探り当てていくものと思われる。

政府は、市場のセンチメントの揺れ動きに慌てることなく、「第3の矢(成長戦略」)を着々と実行していくことが肝要だ。15年に及ぶデフレからの脱却に至る道は恐らく平坦ではないが、視界は決してゼロではない。均衡点をめぐる相場の波乱も、見方を変えれば、ニューノーマルに至る通り道である。
(引用元:ロイター)
*加藤隆俊氏は、元財務官(1995─97年)。米プリンストン大学客員教授などを経て、2004─09年国際通貨基金(IMF)副専務理事。10年から公益財団法人国際金融情報センター理事長。