2013年6月27日木曜日

資産バブルの懸念をあおる中国の「影の銀行」

【北京】北京の各国大使館が集中する地区の緑の多い通りを見下ろす52階のオフィスで、中国中信集団公司(CITIC)の400人もの担当者は、不動産開発業者や鉄鋼所のほか、資金に飢えているのに通常の銀行から閉め出されてしまった企業などへの融資案件をまとめている。

中国の「影の銀行(シャドーバンク)」を構成する中信公司などの融資業者はこの国で最もウォール街の文化に近いものを作り上げた。従来の銀行がとらないようなリスクをとり、最上級のお酒やマホガニーの家具といった資産のための投資ファンドを作るまでになっている。こういった金融機関の幹部らは高級車に乗り、高級クラブに出入りしている。

 今や中国の影の銀行――信託銀行や保険会社、リース会社、質屋、監視の限られた非公式な融資業者の多様な集団――は中国の減速する景気が債務危機を引き起こすかどうかをめぐって膨らみつつある懸念の中心にある。

 中国政府は最近、規律を失った融資の取り締まりに乗り出しており、中国の株価は24日、1営業日の下落としてはこの4年近くで最悪となる下げ幅を記録した。中国人民銀行(中央銀行)が信用拡大の暴走を食い止める動きに出ていることを示す声明を発表したためだ。株価は翌25日の朝もさらに下げた。

 中国人民銀行は今月、銀行間取引市場の流動性の引き締めを始めた。この市場では銀行同士が融資し合うほか、影の融資業者の大手数社への融資も行われており、通常は2~3%の間でおさまっている銀行間金利が24日に6.64%に下がるまで一時は25%の水準にまで跳ね上がった。
 

  中国の新華社通信は23日、人民銀が暴走する影の融資活動を抑えるため、流動性の引き締めを図ったと報じ、人民銀の金融政策が「量」から「質」へ照準をシフトさせたことを示唆した。新華社は「投機的な投資を待っている短期資金が多くあり、民間の融資は依然として広く存在している」と伝えた。

 人民銀は24日、声明を発表し、流動性のひっ迫に関する沈黙を破った。「すべての金融機関は・・・金融環境の安定性を促進させるため、流動性管理を強化し続けなければならない」。
 声明は人民銀の戦略や懸念をほとんど明確にせず、投資家をなだめることもなかった。中国株は5.3%下落した。下げをリードしたのは銀行株だった。

 中国内外のエコノミストらは影の融資業者が米国で起きたサブプライムローンのブームを思い起こさせるようなリスクをもたらしていると懸念する。決して回収 できないかもしれないプロジェクトを支援したり、何に対する資金なのかを投資家に十分に説明しなかったり、実際にはそうではないのに銀行に不良債権を処分する手段を与えるように見せかけることなどによって融資が行われているためだ。

 北京にある大手格付け会社のフィッチ・レーティングスのシニアディレクター、シャーリーン・チュー氏は、人民銀は金融問題を手に負えないものにしないよう、今行動すべきだと感じたのだと指摘する。「問題が大きくなればなるほど、管理がますますできなくなる」。

 影の融資業者は通常の銀行からの借り入れと、銀行の利息よりも高い利回りを求める裕福な個人投資家の両方から資金を手に入れる。伝統的な銀行が資金の確保 に苦労するのにともない、影の融資業者への貸し出しも減った。加えて金融引き締め策は、銀行よりも安全性が低いと考えられている金融機関へ資金を投じるこ とを投資家に再考させる可能性がある。

 欧米のほとんどの銀行とは違い、中国の銀行は政府が所有し、大手国有企業への貸し出しが大半であるため、多くの融資希望者はのけ者にされている。預金金利 は政府が決めており――ほとんど競争は許されない――銀行の金利はしばしばインフレ率よりも低いため、預金者はより利回りの高いものへ食指を動かすことになる。

 そこで影の銀行の登場となる。典型的なシナリオはこうだ。鉄鋼所や幹線道路などのプロジェクトのための資金が必要な借り手は高金利の短期ローンを組む。影 の融資業者は自らか、もしくは他の業者と一緒に、そのローンを投資用の商品に仕立て、ローンの返済を原資とする高いリターンを約束する――。

 シャドーバンキングは中国の金融セクターで最も早く成長している。長年にわたり、中国は市場原理に基づく融資業務の試験運転の場としてこのセクターを利用してきた。従来の銀行では正式には許可されていないものだ。

 JPモルガン・チェースの試算によると、従来の銀行が貸し出しを縮小した2010~12年に、影の銀行の融資残高は36兆元(約570兆円)に倍増した。これは中国の国内総生産(GDP)の約69%に相当する金額だ。影の金融機関の柱の1つであるいわゆる信託会社では管理資産が3倍近い8兆7000億元に増え、信託部門は中国の金融サービス分野では銀行に次ぎ2番目に大きな部門になった。
 影の銀行は従来の銀行ほど厳しい規制を受けておらず、融資の状況や投資先についてあまり情報を開示しないことも多い。通常の銀行の貸し出しではきっと資格外にされるはずの不動産開発やインフラプロジェクトに飛び乗ることもある。

 アナリストやエコノミストは、影の銀行による融資のうちデフォルト(債務不履行)に陥っている金額は不明だと語る。これまでのところ、投資家は信託融資で実際に損失を被ってはいないが、これはこれまで問題のある借り手がおおむね政府に救済されてきたからだ。こうした救済のため、政府はデフォルトが拡大すれば 一段の損失を受ける状態にあり、この懸念は中国経済の減速につれて広がっている。

 少なくとも影の銀行は余剰能力を抱える工場を延命させ、不要な不動産やインフラ製品を助長しているうえ、そうした先からの確実な返済を政府に頼っている、と一部のエコノミストは指摘する。

 国際通貨基金(IMF)のチーフエコノミストを務めたハーバード大学の経済学者ケネス・ロゴフ氏は「特に懸念されるのは、『隠れ債務』が経済減速時に突然現れて公的なバランスシートに移り、最終的に問題をもたらすことだ」と述べた。

 中国に金融危機が差し迫っていると考えるエコノミストはほとんどいない。高い貯蓄率を誇る中国では、銀行が潤沢な資金を持つことなどが理由にある。中央政府も、危機対応に充てられる準備金を相当持っている。

 しかし、影の金融機関が発するさざ波のせいで、他の貸し出しを冷え込ませ、信用引き締めを目指す政府に他の手段を取るよう強いる恐れがある。そうなれば中国経済は一段の減速に見舞われかねない。中国の経済成長率は15年連続で政府の目標を上回ってきたが、今年は前年比7.5%の目標を下回ると予想するエコノミストもいる。

 影の銀行が中国で台頭し始めたのは1980年代だ。当局は当時、一部の投資信託が輸出特区に出資したり、中央政府が国有銀行にはリスクが高すぎるとみた業務を行ったりすることを認めた。業界はずっと北京の政治的風向きを受けた浮き沈みを経験してきた。

 業界は2010年に再び勢いづいた。世界金融危機の際に従来の銀行を資金でじゃぶじゃぶにして景気てこ入れを図っていた中国当局が、銀行融資の抑制に出たのだ。影の銀行は新たな投資家を求め、携帯電話に広告を出したり、富裕層のネットワークに接触したりした。

 伝統的な銀行と影の銀行が組み、銀行が個人投資家に販売する「資産管理商品」を編み出したケースもある。従来の銀行は自らのバランスシートにこうした融資を載せることなく信用を拡大することができた。
 中国の銀行幹部らによると、従来の銀行は政府規制のため自らは組成できなかった高利回り投資商品について、よく顧客に影の銀行の商品を検討するよう勧め、そうした一部を銀行店舗で販売していた。

 影の銀行はこうした投資商品を売って調達した資金を融資に充てた。通常の銀行が融資しない不動産デベロッパーや地方政府に融資したことも時々あった。

 そうした工夫は、少なくとも理論上は、いいことかもしれないと話す銀行専門家もいる。ブリュッセルのシンクタンク、ブリューゲルの銀行専門家ニコラス・ベロン氏によると、影の銀行は中国の金融システムを開放する1つの方法としての役割を果たす可能性がある。

同氏は「すべてが同じ条件であれば、金融システムでの多様化は安全に役立つため、プラスだ」と言い、「多様化したシステムのほうが耐性に富む。バイクに乗る人がスペアタイヤを持っているようなものだ」と話した。

 だが、ここ数年に経済に追加された信用の多くは非生産的だとして、業界を批判的にみる向きもある。フィッチ・レーティングスによれば、09年の金融危機以来、新規融資1元当たりの経済成長は、危機前の3分の1にとどまっている。

 議論の中心は、中国の影のシステムの原動力となっている信託会社だ。米国の信託会社と違い、中国の信託は富裕層向けのカウンセリングや投資サービスを行っていない。銀行の預金金利を大きく上回る年8~10%のリターンを約束して投資家から資金を集め、プロジェクトの資金調達をアレンジしている。
 中国中信信託(CITIC Trust)は、資産規模で中国最大の民間投資会社だ。従業員にはトップクラスの大学の卒業生もいる。若手管理職の月給は約1万元(約16万円)。商業銀行の初任給と同等の水準だ。しかし、月給の10~20倍のボーナスがもらえる、と複数の従業員が証言した。

 ある同社の管理職はインタビューで、頻繁に地方政府の幹部や不動産業者を接待していると述べた。先月まで同社の幹部だったWang Jingxiong氏は国内のさまざまなウェブサイトに掲載されているエッセーで、「信託会社はいつも投資銀行のまねをしている。つまり狩猟民族の文化を持っており、常にビジネスの機会をうかがっている」と書いた。

同氏に直接話を聞こうとしたが連絡がつかなかった。同氏の友人はこの随筆を書いたのは同氏だと述べた。同社もWang 氏が従業員だったことを認めた。

 同社の昨年の純利益は前年比で42%増の27億元に拡大した。同社の幹部は「われわれの商品への注文はしばしば2倍も3倍も申し込み超過になる」と述べた。CITICにコメントを求めたが得られなかった。

 一部の信託会社は強力な政治的コネを持っているようだ。このため、何か問題が起きれば、世界でも有数の巨額の資金を有する同国政府が財政支援をしてくれると投資家の一部は信じている。

 投資会社に投資をしても「絶対損をすることはない」と上海在住のデザイナーでCITICに投資するQi Qiao氏は語る。同氏は常にスマートフォンで新しい商品がないかチェックしている。

 CITICは中国が市場経済に移行した1979年に「赤い資本家」と呼ばれた栄毅仁(ロン・イーレン)氏の手で設立された。同氏は1949年に同国が共産主義体制になって以降も存続を許された数少ない実業家一族の一員だった。同氏は鄧小平主席と親しくなり、1990年代には国家副主席も務めた。栄氏の銅像は北京にあるCITIC本社のロビーに飾られている。

 別の大手信託である平安信託は同国最大クラスの保険会社である平安保険グループの子会社だ。
 また、中国興業国際信託(China Industrial International Trust)は、国営興業銀行傘下の信託会社だ。Yang Huahui会長は「銀行と信託会社の協力は悪いことではない。われわれのビジネスにとっては日常業務だ」と述べた。

 製鉄大手の宜昌三峡全通ト鍍板(三峡全通)が金融危機の最中の09年に湖北省に製鋼所を作ろうとした時の話は信託会社の役割を如実に描き出している。当初、宜昌三峡は国有銀行の中国建設銀行から融資を受けた。この建設計画は雇用促進を目指す宜昌市の支援も受けた。

 この案件について直接知る立場にある関係者によると、その後、鉄鋼価格が下落、建設銀行をはじめとする銀行団が追加融資を拒否した。このため、同社はCITICに金利10%で11億3000万元の資金の調達を打診した。CITICは建設銀行の顧客からこの額の5分の1を調達した。建設銀行がCITICに代わってこのローン債権を売却したという。

 「建設銀行にCITICの商品を販売しようとするインセンティブが働いていたのは確かだ。それによって返済を受けられるのだから」。CITICの幹部はインタビューに応じ、こう語った。建設銀行はコメントを避けた。

 鉄鋼価格の下落が続いたため、同社は昨年末に倒産。CITICは今年4月にこの不良債権を競売にかけて同月中に売却すると発表した。工場閉鎖も懸念される状態となった。

 そこに宜昌市が介入して融資の返済を行った。これによって数千人の従業員は解雇されたが、工場の閉鎖は免れた。鉄鋼は世界的に供給余剰になっているが、市当局者はフル操業に戻れるようにしたいと話す。

 同社の広報担当者は「事業を継続させることに全力で取り組んでいる」と述べたが、この件について、これ以上の突っ込んだ議論には応じなかった。
銀行規制当局は今年になり、融資の不良債権の恐れが高まっていると不安を募らせている。
 中国の銀行規制当局は3月、銀行が危険な融資をバランスシートから切り離すことを難しくする規制を導入した。銀行はこれまでリスクの高い融資債権を束ねて、高利回りの個人向け投資商品を組成してきた。

 信託業界の調査会社ユース・トラストによると、この数週間、信託会社は投資商品の発行を減らしている。当局が資金を絞っていることで投資家の信頼感が揺らいでいるためだ。

 「この業界の将来は中央銀行の政策次第だ」。平安信託の上級幹部はこう話す。