2014年2月24日月曜日

6年後に再び1ドル=80円台

 1ドル=100円強でこう着する為替相場。しかし貿易赤字の定着で「長期では円安」という見方があたかも決定事項のように語られがちだ。その中で大和総研は今月、6年後以降は再び80円台に戻るという中期見通しを出した。エコノミストの間で「現在の為替はすでに実質ではプラザ合意前と同じ円安で、やがて円高方向に修正されそう」という見方があることと整合的だ。

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 グラフAは大和総研の中期予測。この先5年程度はゆるやかな円安が続くが、その後再び円高に転じ、6年後の2020年には89円台、23年には85円まで円高に戻るとみる。
 そう見る背景は表B。為替の長期の決定要因はインフレ率格差、短期は金利差として整理している。

B 為替10年予則の前提の考え方
予測前半
(2014~18年)
予測後半
(2019~23年)
短期的要因
(金利差)
円安要因;
金利差拡大
円高要因;
金利差縮小
長期的要因
(購買力平価)
円高要因;
インフレ格差(米>日)継続
*出所、大和総研
インフレ率格差というのは、インフレ率が高い国の通貨は、買えるモノが少なくなって価値が下がり、長期では為替レートが下落するという考え方だ。購買力平価説とも呼ばれる。例えば購買力平価の計算で通常使われる企業物価で見ると、日米企業物価は過去20年以上にわたり、米国が日本を平均2%も上回り、これが長期的な「ドルの価値の目減り=円高」につながった。
 大和総研では今後10年の予測期間全体でも日本のインフレ率は米国をほぼ一貫して下回り、円高圧力が働き続けるとみる。

ただし短中期では金利差による影響の方が大きくなりがち。日本より早く米国金利が上がる見通しなので、17年ごろまでは日米金利差拡大がドル高・円安要因として強く働く。
 18年以降は米国の利上げが一服、他方で日銀の量的緩和が後退して日本の金利が上昇、日米金利差は縮小に向かうと予測。「これによりドル円相場は、長期的な決定要因であるインフレ率格差に基づいた円高・ドル安基調に戻る」(大和総研の小林俊介エコノミスト)というものだ。

 国際通貨研究所の調査部長を経て現在は龍谷大学教授の竹中正治氏は「為替は期間によって決定要因が変わる。個人は自分がどんなタイムスパンで外貨建て投資をするのか明確にし、それに合わせた戦略をたてたい」と話す。

 一方であたかも決定事項のように語られているのが、「貿易収支が赤字に転じたのだから長期的に円安になるのは当然」という考え方だ。



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小林氏は「もちろん貿易収支は為替に影響を与えるが、それは短中期の要因。長期ではインフレ率格差というのがスタンダード」と話す。竹中教授も「貿易・経常収支は様々な為替要因の一つにすぎないし、それだけを過大視するのは疑問。実際、米国の経常赤字は1990年から2000年代前半までほぼ一貫して拡大を続けたが、米ドルの実効相場はこの間、逆にほぼ一貫して上昇を続けていた」と指摘する。


 インフレ率格差を背景にした考え方で、購買力平価と少し違う形で為替の水準を示すのが「実質実効レート」(グラフC)だ。「その国の貿易競争力は名目レートではなく実質実効レートで見るのが一般的」(伊藤元重東大教授)

 「実効レート」というのはドルだけでなく、ユーロや中国人民元など貿易のある通貨を加重平均し総合的に計算すること。

「実質」はインフレ率の変化の影響を取り除いて判断することだ。複雑なのでイメージ的に説明すると、ある国のインフレ率が相対的に2%高いなら、買えるモノが少なくなり通貨価値が2%下がるのは当然。一方で名目レートが3%下がっているのなら、差し引き1%分が、インフレ率の差では説明できない実質的な通貨安、と考える。
 日本の実質実効レートは時期により円高、円安にかい離するが、長期的には中心ゾーンに回帰することを繰り返してきた。ちなみに実質実効レートが長期では中心に回帰するのは、大半の国の通貨でも同じだ。

 グラフCをみると、現在の実質実効レートはすでに80年代前半のプラザ合意前の水準に近い円安になっている。

 そうしたおり「工場の国内回帰」の動きが出始めた。例えば1月、キヤノンが円安の長期化をにらみ、国内生産に回帰することが明らかになった。

 工場の国内回帰自体はもちろんうれしい話題。ただしバークレイズ証券の北野一チーフストラテジストは「円安長期化をはやして工場の国内回帰の動きが出てくる時期は過去、トレンドが円高に戻る予兆であることが多かった」と警戒する。

 やはり実質実効レートがプラザ合意前と同水準の円安水準に達していた06~07年。パナソニック、シャープなど電機メーカーなどが円安長期化をにらんで工場の国内回帰を進めた。「その後の円高反転でこうした企業は競争力を大きく落とした」(北野氏)

 実質実効レートが円高方向に回帰する道筋は、名目レートが必ずしも円高にならなくてもいい。日本のインフレ率が相対的に大きく上昇するなら同じことになる。

さきほどの例で言えば、インフレ率が相対的に5%高くなるなら、本来は通貨価値が5%下がる。それにもかかわらず名目レートが一定であれば、実質ベースでは5%分だけ円高になったということになる。
 実際、足元の半年ほどは、日本の企業物価が米国を上回るという珍しい状態にある。これ自体が為替の円安要因だ。みずほ銀行の唐鎌大輔マーケットエコノミストは「輸入価格上昇に伴う悪い物価上昇が続くことで、実質実効レートが円高修正される心配も出てきている」とみる。

 もちろん為替の見方は多様で、断定的な予測はもともと至難だ。例えば実質実効レートについて「従来のような中心方向への回帰はおきにくいかも」(経済産業研究所の森川正之副所長)との指摘も出ている。「日本製品の競争力(交易条件)が落ちている中で、実質実効レートのトレンドが円安方向にシフトし始めている可能性がある」(森川氏)

 「一つの考え方を絶対視せず、国内外の様々な通貨や資産に、自分のとれるリスクにあわせて分散しておきたい」(投資教育家の岡本和久氏)。個人金融資産に占める外貨建て資産の構成比はわずか数%で全体的にはあまりに低すぎる。一方で「長期円安確定」とみて老後の資産の多くを外国債券や外貨建て投資信託にしている極端な人も見られるのが現状だ。